さまざまな復興計画
資金難
広島平和記念都市建設法の成立
平和記念公園
平和大通り
平和大橋
原爆によって廃墟と化した広島市は「市民生活の安定」と「広島市の復興」とをいかにして早く成し遂げるかという深刻な問題をかかえていた。市民も行政当局も、一刻も早く立ち上がろうと努力をした。その努力と模索の過程の中から平和記念都市建設法が成立し、平和記念都市としての「ひろしま」が形づくられていった。
【写真】
1958(昭和33)年の平和記念公園全景。現在の公園ができるまで、いくつかの段階があった。広島平和記念都市建設法がなければ公園は実現しなかったであろう。 所蔵/広島市公文書館