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平和宣言について

平和宣言の歴史

2010「平和記念式典」

平和宣言の歴史

 平和宣言は、1947年(昭和22年)以来、1950年(昭和25年)を除き毎年8月6日に広島市長によって発表されてきた(ただし1951年(昭和26年)は市長あいさつ)。主な年の特徴は次のとおり。

1947年 第1回平和祭で最初の平和宣言
1950年 第4回平和祭中止→平和宣言なし
1951年 平和宣言の代わりに市長あいさつ
1954年 歴代最短(320字)
1955年 初めて被爆者の窮状に触れる
1956年 初めて「原水爆禁止」の文字が登場
1958年 初めて明確に原水爆禁止を主張
1962年 被爆体験の継承の必要性
1963年 部分的核実験停止条約締結の評価
1965年 「原水爆の禁止」と「戦争の完全放棄」
/ベトナム戦争への憂慮
1968年 明確な核抑止論批判
1971年 平和教育の必要性
1972年 初めて国連に言及
/初めて戦争以外の環境・資源問題を取り上げる
/初めて「ヒロシマの心」という表現を使用
1973年 核保有国を厳しく非難
1974年 核拡散防止を中心テーマ
/初めて具体的な国際政治(国連)への提唱
1975年 詳細に被害の実相
1977年 広島・長崎両市長の国連訪問の成果を報告
1978年 国連軍縮特別総会開催の評価
1979年 放射線被曝の問題を指摘
/初めて飢餓・貧困問題に触れる
/初めて原爆被爆者援護対策に触れる
1980年 中東や東南アジアの紛争により生じた難民問題を憂慮
/原爆被爆者援護対策の法制化を念願
1981年 初めて「非核三原則」に触れる
1982年 広島市長の国連特別総会での訴えを報告
/都市連帯の提唱
/広島への国際的な平和研究機関の設置を提唱
1983年 広島・長崎両市長の「世界平和都市連帯」の呼び掛けを報告
1985年 「世界平和連帯都市市長会議」開催を報告
/国際青年年に当たり青少年への期待
1986年 ソ連のチェルノブイリ原発事故に言及
/人権抑圧問題に触れる
1987年 国連軍縮週間創設十周年と翌年の第3回国連軍縮特別総会への期待
1988年 第3回国連軍縮特別総会の成果報告
1989年 歴代最長(約1600字)
/「第2回世界平和連帯都市市長会議」開催報告
1990年 核軍縮の評価と要望/非核三原則の法制化
/アジア・太平洋地域の非核化
/初めて外国人被爆者の援護に言及
1991年 平岡市長就任後最初の宣言
/アジア・太平洋地域の人々への謝罪(95年まで毎年)
/初めて「被爆者援護法」という表現を使用
/初めて「ヒバクシャ」という表現を使用/湾岸戦争を憂慮
1992年 核抑止論の明確な否定/国連軍縮広島会議の報告
1993年 核拡散防止条約の無期限延長の動きに対する危惧
/戦後処理問題に速やかな決着をつけるよう日本政府に決断を求める
1994年 原爆ドームの世界遺産化の意味
/核拡散防止条約の無期限延長に反対
1995年 原子爆弾は明らかに国際法に違反する非人道的兵器である
/アジア・太平洋における新たな非核地帯の設定を求める
/共通の歴史認識を持つために被害と加害の両面から戦争を直視すべき
1996年 国際司法裁判所が「核兵器使用の違法性」を明言
/包括的核実験禁止条約への期待
/被爆の惨禍が生んだ広島の生と死の経験を平和文化として永遠の人類共有財産に /多様な被爆資料の集大成が必要
1997年 科学技術文明の未来に大きな不安
/米国の「臨界前核実験」に抗議
/日本政府に対し「核の傘」に頼らない安全保障体制構築への努力を要求