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ようこそ!ここは、被爆前の中島地区です。
太田川(本川)の本流が、広島市の中心部で本川と元安川にわかれます。そこにできた三角州の先端が中島地区です。
今は、平和記念公園ができ、住んでいる人はいませんが、被爆前、ここには中島本町、材木町、天神町、元柳町、木挽町、中島新町といった町がありました。被爆当時、中島地区には約1,300世帯、約4,400人が暮らしていました。
参考文献:
●広島平和記念資料館企画展リーフレット「よみがえる歴史の記憶— 一瞬に消え去った爆心の町」
 /2001年3月
●広島平和記念資料館企画展リーフレット「公園の下に眠る街、爆心地・中島地区」
 /1997年11月
●「爆心 中島の生と死」
 朝日新聞広島支局著/朝日新聞社/1986年8月
●「ヒロシマの被爆建造物は語る —未来への記録」
 /広島市/1996年3月
●「創造の軌跡とビジョン —広島支社のあゆみ—」
 /三井生命保険相互会社 広島支店/1985年2月