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広島市は近代化の波に乗って、しだいに
軍都
(
ぐんと
)
・
学都
(
がくと
)
の性格を強めました。
日清
(
にっしん
)
戦争(1894年〜95年)当時、戦争の
指揮
(
しき
)
をとる
大本営
(
だいほんえい
)
が設けられ、
宇品港
(
うじなこう
)
も軍用港としての
色彩
(
しきさい
)
を
濃
(
こ
)
くしていきました。一方、1902年(明治35年)には東京に次いで広島高等
師範学校
(
しはんがっこう
)
が開校しましたが、それらは都市の歴史的性格を物語る一例です。
広島は戦争のたびごとに陸軍部隊の集結・出兵の地となり、
軍用施設
(
ぐんようしせつ
)
も年々
拡充
(
かくじゅう
)
されていきました。
明治・大正期のあゆみ